2008年の背番号風景

日本プロ野球における各背番号別イメージ変遷史

60〜69

69

【2008年開幕時点】 現在「99」にその座をとってかわられているが少し前まで“選手番のドン尻”だった「69」。見た目に「99」 ほど切迫感なく、スマートな印象を持つ“秘密兵器”ナンバー・・・それは99と100には“桁数が変わる”という原則的な相違があるのに対し、「…

68

【2008年開幕時点】 '60年代にのちのレギュラー・種茂(在番時出場1試合)、白(在番時出場0) 、東条(在番時14試合)、菅原(在番時出場O)、阿部(在番時2登板⇒野手で開花)、にプチ頭角を現した松本(在番時出場0→通算53登板3勝)、浜崎(在番時出場0→通算43登板1勝)…

67

【2008年開幕時点】 “6”という字面の持つ明イメージに“7”のクール感が調合され、シャープかつ鮮やか{※1}な番相をたたえる「67」。その印象通り、黒江、加藤、亀山・・・と敏捷系で名を成した選手を輩出している。捕手ながら野口寿も脱番後(の'00年)三塁打王と…

66

【2008年開幕時点】 隠れた出世番号。石井琢朗、中村紀洋、「66」通しで斉藤和巳、にプレー期間ゼロの一瞬在番ながら(着'98年の開幕前に退団)、米大リーグでのソリアーノと、タイトルホルダー続々輩出{※1}。 実績No.1(通算2000安打超)の石井はイブシ銀の趣も…

65

【2008年開幕時点】 選手番としての躍動が目立ち始めるのは'90年代に入ってから。加えて野手レギュラーは0、投手も規定投球回到達は3例と独自色が見出しづらい中にあって、'67年菅原~'00年戎[えびす]の“1発屋”(菅原はのち準復活・・・詳細は下記)像がインパク…

64

【2008年開幕時点】 え、こんな選手いたっけ? いつの間にこんなスゴくなったんだ? 今までどこに潜んでたの? そんな声が聞こえてきそう。誰に注目されずとも、至ってマイペースに夜ごと爪を研ぐ不言実行タイプ。自らで光るより主役の脇で映える性質にもリ…

63

【2008年開幕時点】 かつては「名コーチ」のイメージ。初表舞台登場は選手方のマケーブ(遊撃レギュラー格で.207 3本 20盗塁)だが、翌'55年藤田がヘッドコーチで「63」着。すると以降、コーチラッシュ・・・特に、藤村、近藤、植村、備前、杉下、中谷、大島、山…

62

【2008年開幕時点】 この背番号は“花火師”のイメージ。唯一のレギュラーがレッカだが、「62」の番号性質を明かす上でこれほどの適任者はいない。キャッチャー・ファールフライ捕りの名人といわれ、'53年パ4位の23本塁打(・・・1位が31本の年)を放つ一方、三振は…

61

【2008年開幕時点】 近代投手が足を向けて寝られない背番号。何せ先発投手のローテーション制を導入した藤本定、先発・救援の分業制を根付かせた近藤が、その起用法を本格遂行した時に着けていたのが「61」。そしてある意味、反面教師的な促進材料となった'6…

60

【2008年開幕時点】 厳密には'53年着の(専任) 投手コーチの元祖・谷口 {※1}がいるが、何といっても「60」を表舞台へと押し上げたのは三原。 入番した'54年はライオンズ監督就任4年目。この年二塁に仰木彬、 一塁に河野昭修が準定着し、 既成レギュラーの三塁…