2008年の背番号風景

日本プロ野球における各背番号別イメージ変遷史

2023-12-01から1ヶ月間の記事一覧

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【2008年開幕時点】 イチローの出現により一気にメジャーナンバーとなった「51」だが、イチロー以前にも井上登、土井、大杉のクリーンアップ打者に(後者2名は四番) 、準エース格投手の古沢と、チームの中枢選手が一定期間「51」で通したのには先例がある(ただ…

50

【2008年開幕時点】 試練はいきなりやってきた。'36年オフ、 「名古屋」の編成の長・河野安通志[あつし]が退団〜新球団・イーグルスのオーナーに就任。するとレギュラー級4選手があとを追い、監督・池田豊は審判転向。で、ガタガタになった新チームの指揮を…

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【2008年開幕時点】 クロマティの圧倒的成功で外国人選手が着けるケースが格段に増えた。ものの追随成功例は少なく、“助っ人級”の活躍を見せたのは'90年アレン、'92年モスビー、'01年ディアス、それにベイル、ぎりぎりマリオぐらい。 ハドラー、テータム、ジ…

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【2008年開幕時点】 '37年に監督兼外野手の桝嘉一が「50」を着けレギュラー、の前例はあるが、その後戦前・戦中は最大背番号「39」、戦後も'46年「32」→'47年は最大こそ「50」も選手出場4試合(監督兼投手、2番目の「40」も助監督兼捕手で選手時1試合)、でレ…

47

【2008年開幕時点】 小山の登場で“投手”番となり、工藤の活躍で"左投手” 番となった「47」。この2大奇跡によって敬慕の眼差しを受けるようになったが、揺籃[ようらん]時は当然、無銘[むめい]の存在。その中にあってまず最初に"漂着”したのは、'56年保坂〜'57…